2012年5月11日金曜日

メルクマニュアル家庭版, はじめに 62 章 骨折


骨折とは骨が折れたりひびが入ることで、通常は周辺組織の損傷を伴います。

骨折にはさまざまなケースがあり、大きさ、重症度、必要な治療法も異なります。手の骨の、気づかないほど小さなひび割れのような軽い骨折もあれば、骨盤骨折のように生命を脅かす重大な骨折もあります。骨折とともに、皮膚、神経、血管、筋肉、臓器などに重度の損傷を生じている場合もあります。この場合、骨折の治療は複雑で難しくなります。

骨折は外傷によるものがほとんどです。平地での転倒など、弱い外力による外傷なら骨折も軽度ですみますが、自動車事故や建物からの落下事故など、強い外力による外傷では、複数の骨に重度の骨折が生じることもあります。

基礎疾患があると骨の強度が低下し、骨折を起こしやすくなる場合があります。骨折に関連する病気としては、一部の感染症、良性の骨腫瘍(こつしゅよう)、癌(がん)、骨粗しょう症などがあります。

症状と合併症

最も明らかな症状として、疼痛が生じます。特に患部に体重をかけるなどして、力が加わると痛みが強まります。患部の周辺も触れると痛み、骨折が起きてから数時間のうちに患部周辺の軟部組織が腫れてきます。手足がうまく動かせず、腕を動かしたり、立ったり、こぶしを握ったりすると強い痛みを感じます。言葉が話せない人(幼い乳児や年少児、頭部に損傷がある人、痴呆のある高齢者など)では、手足を動かすのをいやがるので周囲が初めて骨折に気づくことがあります。病的な骨折の場合は、骨折が発生する数週間前から痛みが始まり、それが徐々に強まっていくこともよくあります。

皮下骨折(骨折部位の皮膚が破れていない場合)は内出血を伴うことがあります。骨から出血している場合もあれば、周囲の軟部組織からの出血の場合もあります。血液がやがて体表付近に達すると、あざができます。あざは最初は黒ずんだ紫色ですが、血液の分解と再吸収が進むにつれて、徐々に緑色や黄色になっていきます。内出血した血液は骨折部位からかなり遠くまで広がることがあり、血液がすっかり再吸収されるまでには数週間かかります。内出血した血液の影響で骨折部位の周囲の組織に一時的な痛みや硬直が生じることがあり、たとえば肩の骨折で腕全体にあざができたり、ひじや手首にも痛みが生じることがあります。一部の骨折(特に股関節骨折)では周囲の軟部組織に大量の血液が流れ出し、低血圧を引� ��起こすこともあります。

骨折がかなりよくなって、骨折部位が荷重に耐えられるようになっても、動かすと多少の痛みや違和感を感じるのが普通です。たとえば、手首の骨折は2カ月ほどである程度は使えるようになりますが、手首の骨が完全に再構築を完了したわけではないので、最大1年間は強く握ると痛みを感じることもあります。高い湿度、寒さ、暴風雨といった気候の変化で、痛みやこわばり感が増す人もいます。

多くの骨折はほとんど問題なく治癒します。しかし、適切な治療を行っても重大な合併症が生じる場合もあります。


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コンパートメント症候群: コンパートメント症候群は、損傷を受けた筋肉に過度の腫れが生じ、腕や脚に重大な障害を与えるおそれのある状態です。腕や脚の骨折や挫滅(ざめつ:圧迫などによる組織の損傷)が原因で発生します。筋肉は周囲を線維組織で覆われていて、1つの閉じた区画(コンパートメント)になっています。損傷を受けた筋肉の腫れが進み、閉じた区画内の腫れがひどくなったり、さらにギプスによる固定などが加わると、筋肉組織の内部の圧力が上昇します。内圧が上昇すると、筋肉に酸素を供給する血流が減少します。酸素の欠乏状態が長時間続くと筋肉の損傷がさらに進み、腫れが増大することで、組織にかかる内圧もさらに上昇します。こうした悪循環により、わずか数時間で筋肉や周囲の軟部組織に不可逆的な損傷や壊死(えし)が起 こることがあります。

骨折後に、固定した腕や脚に痛みがあって次第に強くなっていく、固定した腕や脚の指をそっと動かしただけで痛む、腕や脚がしびれるといった症状があれば、コンパートメント症候群が疑われます。筋肉の内圧の測定結果に基づき、コンパートメント症候群の診断を確定します。

肺塞栓症: 肺塞栓症は通常、血栓(特に脚の深部静脈血栓)が肺に流れてきて肺動脈を突然閉塞させる病気です(肺塞栓症を参照)。肺塞栓症で最も多いのは、重度の股関節骨折または骨盤骨折の致死的な合併症として発生するケースです。股関節骨折を起こした人では、(1)脚の外傷を伴う、(2)患部を数時間から数日にわたり動かせない状態が続く、(3)患部周辺の腫れにより静脈の血流が妨げられるなどの理由により、肺塞栓症のリスクが高くなります。股関節骨折で死亡する人のうち約3分の1は肺塞栓症が原因です。骨折部位が脚のひざから下の場合は肺塞栓症は発生しにくく、上半身の骨折ではほとんど発症しません。

肺塞栓症は胸痛、せき、息切れなどの症状から疑われます。胸部X線検査、心電図、各種の画像検査などを行って診断を確定します。

診断

X線検査は骨折の診断に最もよく使われています。X線画像は骨折の確認だけでなく、折れた骨のずれの状態を知るためにも役立ちます。小さな骨折や、骨の位置のずれ(転位)のない骨折は、通常のX線検査では確認が困難なため、特別な角度でX線画像を追加撮影することがあります。潜在骨折や疲労骨折の場合、X線画像にはっきり現れるまでに数日から数週間かかることがあります。感染症、良性骨腫瘍、癌が原因で骨が溶けた領域(溶骨性変化)があるなどの異常がX線画像で確認された場合は、病的骨折と診断されます。

CT検査やMRI検査では通常のX線検査では見つからない骨折を確認することができます。CT検査では、骨折面の詳細や、骨が重なって見えにくい位置にある骨折を確認できます。MRI検査は、骨周辺の軟部組織が映るので近くにある腱(けん)や靱帯(じんたい)の損傷の診断や、癌の徴候を診断できます。また、MRI検査では骨内部の損傷(腫れ、出血)を映し出すことができるので、X線画像には写らない潜在骨折を診断することができます。

骨スキャン検査(筋骨格系の病気の症状と診断: 骨スキャン検査を参照)とは、放射性物質(テクネシウム99m標識ピロリン酸)を使用して、治癒の過程にある部位への取りこみを検出する画像診断です。骨折から3〜5日後で、普通のX線検査ではまだ映らないような潜在骨折を検出できます。病的骨折が疑われる場合、骨スキャン検査はまだ自覚症状のない骨に問題がないか診断するのに有用です。

治療

骨折は痛みを伴い、機能の喪失を引き起こすため、緊急の手あてが必要です。初期救急治療を行った後は普通、ギプス固定、けん引、固定手術などを行います。


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小児の骨折は一般に、成人の骨折とは治療方法が異なります。小児の骨は成人の骨よりも細く、弾性と柔軟性に富んでいるからです。最も重要なのは、骨がまだ成長過程にあるということです。小児の場合は、成長板への損傷を避けるために、手術よりもギプスやけん引による治療が行われます。

初期治療: 骨折が疑われる場合には、かかりつけの医師に適切な病院を紹介してもらう必要があります。損傷の重症度により選択する病院が異なります。たとえば、手首や肩の軽い骨折ならば、外来で治療を受けることができます。股関節の骨折では痛みがひどく動けないため、救急車で手術設備の整った病院に行った方がよいでしょう。

開放骨折にはただちに手術を行い慎重に傷口を洗浄し、ふさぎます。大きな開放骨折に皮膚や筋肉、骨への血管の大幅な損傷を伴う場合はきわめて重傷で、治療が難しくなります。

ほとんどの皮下骨折は、ギプスや手術による治療の開始を骨折後1週間まで遅らせることができます。治療を待つ患者には疼痛や機能低下のつらさは生じますが、この範囲内の遅れは長期的結果には影響を与えません。ただし、治療を遅らせることによるメリットはありません。医師に診てもらうまでの応急処置としては、身近なものを利用した応急のそえ木やつり包帯、枕などを使って患部の腕や脚を固定し、支えます。腕や脚は心臓より高くして腫れを防ぎ、氷をあてて疼痛や腫れをコントロールします。鎮痛薬にはアセトアミノフェンのみを使用します。アスピリンやその他の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)(痛み: 非ステロイド性抗炎症薬を参照)は出血を悪化させるため、使用を避けます。

骨折した腕や脚は腫れ防止のために高く上げます。腕の骨折の場合、枕を使用して高くします。脚の骨折の場合は、定期的に横になって脚の下に枕を入れます。医師は、骨折した手脚を骨折していない側と見比べて、どの程度の時間、またどの程度の頻度で高く保つ必要があるのかを決めます。治癒の過程の終盤になって、日中立ったり座ったりして過ごすときは、患部の腫れを防ぐために弾性ストッキングを着用します。

固定: ほとんどの骨折は手術以外の方法で治療を行います。骨折は十分によくなるまで、そえ木、つり包帯またはギプスで固定します。折れた骨がずれている場合(転位骨折)は、固定する前に骨をあるべき位置に戻します(整復)。指や手首などの小さな骨折の場合は、必要に応じて局所麻酔薬(リドカインなど)の注射で痛みを抑えて整復を行います。腕、肩、脚などの大きな骨折を整復する場合は、全身麻酔や脊椎麻酔が必要になることがあります。

そえ木(副子)として使われる医療用の固定具(スプリント)は、石膏やグラスファイバーでできた細長い板で、これを弾性包帯やテープで骨折部位に固定します。患部全体を覆うことはなく、組織に腫れが生じても圧迫を起こさないので、骨折の初期治療によく使われます。手の指の骨折には、アルミニウム材をポリウレタンなどで覆った固定具がよく使われます。

つり包帯は、肩やひじの骨折を支えるために使われます。腕の重さで下向きに引っぱられることで、肩の骨が正しい位置に収まります。腕がぶらぶらするのを防ぐため、つった腕をストラップで胴体に固定する場合もあり、夜間などによく行われます。つり包帯をした状態で、多少は手を使うこともできます。


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ギプスは、細長い帯状の石膏またはグラスファイバーを骨折部位に巻きつけ、湿らせて固めます。転位骨折の初期治療には普通は石膏ギプスを使います。石膏ギプスは成形しやすく、体とギプスの接触面に痛みを生じにくい性質があります。グラスファイバー製のギプスは、石膏製に比べて強く、軽く、長もちするという利点があります。どちらのギプスも裏地には柔らかい綿のような素材が使用されていて、皮膚の圧迫やまさつを防ぎます。ギプスを濡らしてしまうと、裏地まで完全に乾かすことができないため、皮膚がふやけて傷つくことがあります(浸軟)。骨折が治りかけてきた段階では、患部の保護機能は低い代わりに防水性に優れた特殊な裏地をギプスに使用することもありますが、この裏地は通常のものより高価です。

ギプス装着後(特に最初の24〜48時間)は患部をできるだけ心臓より高く保ち、腫れを防ぐようにします。定期的に指の曲げ伸ばしやつま先を小刻みに動かす運動を行うと、手足からの血流が改善され、腫れを防ぐのに効果的です。疼痛、圧迫感、しびれが持続するか徐々に悪化する場合は、ただちに医師に連絡します。このような場合は褥瘡(床ずれ)やコンパートメント症候群を起こしかけている可能性があります。

けん引: 治療中、骨を正しい位置に保つためにけん引を行うことがあります。ロープ、滑車、おもりなどを備えたけん引器具を使って腕や脚に持続的に引っぱる力を加えます。成人の骨折の場合、けん引はギプス固定や手術が安全に行えるようになるまでの間の一時的な治療として行われます。小児の骨折は成人よりも短期間で治るため、骨折のタイプによってはけん引が最適の治療法となる場合もあります。また、けん引は成長板を損傷することはありませんが、手術では損傷が生じることがあります。

手術: 手術が必要になる骨折もあります。たとえば開放骨折の場合は、骨折部位を切開して注意深く洗浄し、折れた骨の端の部分に異物による汚染がないことを確認しなければなりません。骨片や腱が骨折面にはさまっていると、そのままでは骨のずれを整復できないことがあり、手術が必要となります。粉砕骨折の場合は骨折部分がしばしば非常に不安定で、筋肉の収縮する力に対抗してギプスでは骨を正しい位置に固定することが難しく、骨が短くなったり、曲がってしまうことがあります。関節骨折の場合、関節の接合面をほぼ完全に正しい位置関係に整復する必要があり、さもないと後になって関節炎が生じます。病的骨折に対しては、骨が完全につぶれてしまう前にできるだけ固定手術を行います。これによって疼痛や機能障害を防ぎ� ��転位骨折の手術といった、さらに複雑な手術を行わなくてすみます。なお、大腿骨骨折(股関節骨折の大半を占める)では手術をしない場合には、患者が体重を支えられる程度に回復するまで何カ月もベッドで安静にしていなければなりません。これに対し、固定手術を行えば数日後には、松葉づえ(体重支持に適したクラッチ型のつえ)や歩行器を使って歩けるようになります。

固定手術では、まず骨を元の形や長さに戻すために折れた骨を正確に整復します。外科医は麻酔薬を使って筋肉を弛緩させ、X線画像で骨の位置関係を確認します。続いて患部を露出させた上で、特別な器具を使って整復を行います。さらに金属製のワイヤ、ピン、ボルト、棒、プレートなどを使い、骨片をしっかりと固定します。金属プレートは骨の形に合わせ、骨の外側にねじで固定します。金属棒は骨の一端から骨髄腔に挿入して使用します。こうした骨折治療用のインプラントにはステンレス鋼、高強度合金、チタンが使用されます。この15年ほどの間に作られたインプラントは、MRI検査装置に使用される強力な磁石に近づいても問題を起こしません。また、ほとんどのインプラントは空港のセキュリティーチェック用装� ��を作動させることなく通過できます。


人工関節置換術(関節形成術)は、股関節または肩関節の外側の部分を構成する、大腿骨または上腕骨の上端部の損傷が大きい骨折に行います。

骨移植は、骨片と骨片の間が空きすぎている場合、治療後の治りが遅い場合(骨癒合遅延)や治らない場合(骨癒合不全)などに行われます。

合併症の治療: コンパートメント症候群の初期治療では、まずそえ木やギプスなど腕や脚を固定しているものをただちに外す、またはゆるめることから始めます。筋肉のコンパートメントの内圧が上がり続ける場合には緊急手術(筋膜切開術)を行い、圧迫された組織を解放します。この手術を行わないと、酸素不足から筋肉や神経が壊死する可能性があり、腕や脚の切断に至ることもあります。

肺塞栓症はヘパリン、低分子ヘパリン、ワルファリン、フォンダパリヌクス(ヘパリンに似た新しい薬)などの薬で予防することができます。これらの薬は血液凝固を抑える作用があるため、肺塞栓症のリスクがある骨折患者に投与します。肺塞栓症が発生した場合は緊急治療を行います(肺塞栓症: 治療を参照)。

リハビリテーションと経過の見通し

小児の骨折は、成人の骨折に比べて治りが非常に早く、完全に回復します。小児の場合は数年後に骨折部位をX線画像で見ると、ほとんど正常と同じように映ります。また、小児はギプス治療で患部が硬直することが少なく、関節骨折でも多くの場合正常な動きができるようになります。

高齢者は若年者に比べて治りが遅いのが普通です。高齢者の骨折は日常的な活動を行う能力を著しく損ないます。筋力、柔軟性、平衡感覚が低下し、食事、身じたく、入浴、(患者が歩行器を使用している場合)歩行さえ1人でできなくなってしまいます。筋肉を使わずにいると硬直や筋力低下が生じ、さらに機能が低下します。看護師や介護者が高齢者の日常的な活動を行う能力を取り戻す援助をする必要があります。

血行が悪い高齢者では、患部の腕や脚にギプスをしたままでいると、褥瘡ができるおそれがあります(末梢動脈疾患: 診断を参照)。皮膚とギプスの接触面(特にかかとなど)にはパッドをあてて、皮膚の損傷がないかどうかの確認をていねいに行います。筋肉の硬直を避けるため、看護師や介護者は高齢者が体位を定期的に変えているかどうかを確認します。たとえば、長時間座っていると股関節や膝が曲がった状態で固定されてしまいます。立ったり歩いたり、またベッドから起きられない患者では脚を真っすぐに伸ばしたり、膝を折って座ったりする動作が、硬直の予防に効果があります。

脚の骨折では通常、術後しばらくは松葉づえや歩行器を使って歩行をします。補助的にギプスを使用する場合もあります。治癒にかかる期間は骨折の性質により、数日、数週間、数カ月とさまざまです。腕の骨折の場合も、初期に動きが制限される点では脚の骨折と同様です。

硬直や筋力低下は、患部を固定すると自然に生じる症状です。ギプスで固定した腕や脚の関節は週を追うごとに硬直が進み、やがて真っすぐ伸ばしたり深く曲げたりできなくなります。筋肉の衰え(筋萎縮)も進むおそれがあります。数週間ずっと脚にギプスをしたままでいると、最初はすき間のなかったギプスと太ももの間に、たいていの人は手を入れられるほどのすき間ができます。ギプスを外すと、筋萎縮による筋力低下が明らかになります。


ROM運動(患者のあらゆる関節を、健康なら動くはずの範囲まで静かに動かすこと)や筋力強化運動(リハビリテーション: 筋力強化訓練を参照)が硬直には効果があり、筋力を回復させられます。骨折治療中も、ギプスで固定されていない関節については運動が可能です。ギプスで固定されている関節は、骨折が完治し、ギプスを外すまで動かすことができません。運動の際には本人が腕や脚の状態をみながら、あまり強く動かさないように注意します。筋力低下が著しく、十分に動かせない場合や、強い筋肉収縮により折れた骨がずれるおそれがある場合は、受動運動(マッサージなど、他者が外から力を加える運動)(肩の関節可動域を広げる訓練を参照)を行います。最終的には、重力に逆らって力を加えるウエートトレーニングなどの能動運動(患者自身による筋力運動)で患部の筋力回復を図る必要があります。



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